2014年2月の62㎝を思い出
しました。あの日は一歩も
家から出られなかったな~
雪の夜は綺麗なもんです。
静かな世界です。
心が休まります。
【4枚ともスマホで小生撮影】
武とは「二つの戈を止める」という会意文字です。本来、武とは争いを止めることを目的に
創始されたものなんです。けして強さをひけらかすためのものじゃないんです。自分自身や
家族、恋人など自分の大切な人たちの生命・身体に危害が加えられようとした時に、なんら
かの手段、方法で、その安全を守り抜ける目途があってはじめて人は、勇敢に戦うことが、
できると思うのです。少林寺拳法に限らず、武道を求める動機に、このいざという時なんと
かできるという自信をつけたいと考えて始めた人が意外に多いことを知った時は驚きました。
小生の場合は無理やり幼なじみに連れていかれて始めたものなので、単に強くなりたいと思
って武道をやっている連中としか思っていませんでした・・・・・・恥ずかしい限りです!
小生は子供のころ運動が苦手(今でもそうですが)で上級生にいじめられていたことがあった
ので理解できるのですが、いくら正論を吐いても体の大きな人には逆らえなかったし、大人に
なってからも、声の大きな人の意見が通ていたような経験が何度かありました。会社のリスト
ラ人事でも、まず初めに声掛けが行われるのは、いつもうるさくて面倒な人からではなく、お
となしく真面目に働いている人から声掛けが始まると聞いたことがあります。
何日か前にTVで仮面ライダー役をやっていた二枚目俳優が徒歩で帰宅途中にバイクと接触しそ
うになりバイクの運転手と口論の末、後からやって来たバイクの運転手の友人にゴルフのクラ
ブで顔を殴られ大怪我になった。というのをやっていました。正しいことを正しいと主張する
には、やはり勇気が必要です。でも、勇気だけでは問題は解決できないんですよね。
こんな時『力なき正義は無力なり、正義なき力は暴力なり』という教えが頭をよぎります。こ
の言葉、好きな人、少林寺には結構います。ただ、ここで言う力とは、腕力だけではなく胆力
は、もちろん、経済力や行動力などのいろいろな力が合わさったものなんです。そういった力
を持たないと人を助けることはできないんですよという考え方なんです。そして、そういう力
を持つための土台作りとして少林寺拳法を修行しているのですが道は険しいすね。
それと最近のニュースで気になったのが、カヌーの代表選手がライバルの飲み物に薬物を入れ
てライバルを資格停止処分に追い込んでしまったというニュースですが「自分さえ良ければ」
の典型的な例ですね。少林寺拳法の究極の目的は「自己確立」と「自他共楽」の二つです。
少林寺拳法は勝ち負けを目的としていないんです。
「自己確立」とは修行を通じて肉体も精神も健全で、たよりになる自己をつくるということ。
「自他共楽」とは自分と同じように他人の幸せを考えて行動する。ということなんです。
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